活字の海を泳ぐ

日曜日、朝刊の読書欄を読んで、日経新聞の「活字の海で」で津野海太郎著『おかしな時代』(本の雑誌社)と榎本了壱著『東京モンスターランド』(晶文社)が取り上げられていました。

そのタイトルは<60年代の空気 鮮やかに 文化シーンを築いた人々が回想記>です。
津野さんも榎本さんも60年代という時代の中で、新しい何かを作り出そうとしていました。津野さんはマイナーな方が格好いいという空気が確かにあったといいます。

1960年代、あの時代は何だったのか。

二人が時代の空気を肌で感じ、様々な人の関係の中で、自分たちのやってきたことを回想しています。あの時代の人たちは時代を創っていく気概のようなものはあったようです。

いまこの2冊のうち、手元に津野海太郎著『おかしな時代』があります。まずはこの本から読みたいと思います。あの時代は確かには新しい文化をつくる動きを感じます。

しかし、いまはどうでしょう。新しい何かを創り出そうという動きを感じることができるかどうか。「小さい文化」はあるのですが、それが社会に繋がる、というな社会価値の構築には至っていません。

60年代はパワフルな個性が集まっていました。その個性が相手を挑発しています。その関係がそれぞれを向上させます。その個性が強ければ強いほど新しい価値を、文化を生む可能性が高くなります。

新しい文化づくりは自己で完結するのではなく、自己と社会の関係を再構築し、時代に新しい風をということになるのでしょうが、これがむずかしい。この解法は試行錯誤の中からしか生まれません。

だからこそ、温故知新。現在(いま)、過去を振り返り、将来を考えることが必要なのです。

おかしな時代     東京モンスターランド