岩波書店「図書」9月号を読んで

今年も出版社のPR誌がいくつも休刊しています。休刊としても、再刊されることがほぼないので、終刊といってもいいのですが、なぜかそうではありません。これが不思議です。再刊したいという思いがそうさせるのでしょうか。

そうした厳しい状況のなかで、岩波書店の「図書」は休刊にならないPR誌でしょう。しかし、「図書」でさえ、これからどうなるかわかりません。現状を考えると、おそらくそう思うだけで、絶対はあり得ませんので。

先日新宿の書店に行き、岩波の「図書」9月号を貰ってきました。

まず注目は川本三郎さんの「文士が体験した関東大震災」です。川本さんは永井荷風谷崎潤一郎芥川龍之介黒澤明佐多稲子林芙美子井伏鱒二北原白秋らが、あの関東大震災の時にどう対処したかについて書いています。

例えば、黒澤さんの対応、芥川さんの反応などは印象的です。が、これはもっと詳細に書くことができるテーマです。川本さんにはいま、この時期ですから、ぜひ一冊の本にしてもらいたいと思います。

次は加藤千洋さんの「「中国のキャパ」と呼ばれる男(上)」。これは「埋もれた写真家」である沙飛(シャ・フェイ)を紹介しています。疾風怒涛の時代、波乱万丈の生涯。(上)を読むと、(下)も読みたくなります。

中国といえば、政治・経済が注目されていますが、もっと文化の分野にも注目してもいいと思います。中国にはまだまだ埋もれた人たちが沢山います。もっといろいろな方々を紹介してもらいたいと思います。

それから、丸谷才一さんはいつもの「無地のネクタイ」で「ジャーナリストとしての伊東光晴」を書いています。

もちろん伊東さんはわが国を代表する経済学者である。しかしその着実で厳密な学風は常に剛直な正義感と旺盛な好奇心と多大の責任感によって裏打ちされてゐる。たとへ新聞記者になっても、その生きかたは変わらないはずだ。

伊東光晴さんのジャーナリストの面について書き、

今度の「経済学からみた原子力発電」(「世界」8月号)は好例で、時宜を得た、説得力に富む論文であった。わたしは教へられ、敬意を表した。

そして、次のようにまとめています。

伊藤さんの文章は明快で平易だし、論じ方はよく整ってゐるため、論旨がすっきりと頭にはいる。偉さうに見せようといふ構へがまったくない。学者がジャーナリズムに迎へられたときの文体として模範的である。大正期の吉野作造、戦後期の丸山真男としのぐといってよからう。

伊東光晴さん、当年84歳。

最後に、今月の新刊をチェックし、10月の新刊を見ました。岩波新書でほしい一冊を発見。これは「図書」に掲載され、8月で完結した原研哉さんの「欲望のエデュケーション」をまとめたものなのでしょうか。ともあれ、メモを。


Ex-formation はだか      ポスターを盗んでください+3      白