柴田元幸『ケンブリッジ・サーカス』

柴田さんの『ケンブリッジ・サーカス』(スイッチ・パブリッシング)を読みました。新井敏記さんが編集長の「Coyote」に掲載したものに書き下ろしを加えて、この1冊になっています。

また柴田さんはこの本で旅ということを通して、自分史を振り返り、各都市・・・ロンドン・ニューヨーク・オレゴン・東京など・・・を考えています。そして、最後に自筆の「特別付録」まで付いています。

この中で、一番印象的なのは「少年の旅ポール・オースターとの対話」でした。柴田さんは東京(日本)について、オースターさんはニューヨーク(アメリカ)について、土地の記憶を語り合いました。

柴田さんはいまの日本について次のように言います。

柴田 なるほど。日本では、ぼくが学生のころは、ちゃんと働けば物事は将来もっとよくなるんだと思うことができました。国全体が、戦争でどん底まで落ちて、それからは基本的に上り坂だったから。明日は今日よりいいはずだ、という思いがあった。
 オースター なるほど。
 柴田 それが九○年代の、バブル経済の崩壊まで続いた。一番の違いは、今日の子供たちは、明日は今日よりいいはずだと信じられずに育っていくということ。
 オースター わかる、いまのアメリカにもそれはある。(後略) >p109

これはいい指摘です。

オースターさんは東京をこう分析しています。

オースター そうだよな。東京には二度行ったけど、あの大きさには圧倒されたね。ロサンゼルスと同じくらいどこまでも広がっていて、ニューヨークと同じくらい密集している、そういう感じだった。
 柴田 そのとおりですね。>p121

この分析も東京論としていい視点ではないでしょうか。

柴田さんは東京にこだわり、オースターさんはあくまでもニューヨークにこだわっています。

オースター うん。ニューヨークを捨てる気はない。この場所には人を捉えて離さない何かがあるんだ。>p122

柴田さんの場合は、このNYを東京と置き換えても同じことが言えると思います。それだけ、各々の2つの都市へのこだわりは深いのです。

なぜふたりはそれほどまでにこだわるのか。オースターさんの言うように「人を捉えて離さない何か」とは、何なのでしょう。こうした解けない謎があるからこそ、NYも東京も魅惑的な都市と言われているのです。

ケンブリッジ・サーカス (SWITCH LIBRARY)