福岡伸一『やわらかな生命』(文藝春秋)より 3

<福岡ハカセのライフワークは生命の動的平衡を考えることである。生物体はたえずその構成要素を交換し、更新する。その動的なあり方が生命の特徴であり、それ故に生命は可変的で、柔軟で、回復力をもつ。一方、常に変容することは、自分の中に自分の一貫性を担保するものは実は何もない、ということでもある。昨年の私は今年の私ではなく、昨日の私ですら、物質的には今日のわたしと同一ではない。
(略)
 つまり、自分の中にある自己、それを実現することが人生の目的であるとする自己実現の物語は、動的均衡の前には揺らいでみえる。なぜなら自分の中に、未来の自分を規定する工程表や設計図のようなものが何もないのだから。自分の中に自分探しをしてもそれはあてのない徒労に終わる。自分が何者になるかは、他の細胞、あるいは環境との動的な相互作用にのみ依存し、そこには予定や必然はない>。p214-215