福岡伸一『やわらかな生命』(文藝春秋)より 1

< ・・・ 老化とは風化に似ている。豪華絢爛に創られた荘厳な宮殿も、長い年月のうちに、傷つき、色褪せ、虫に食われる。建材がさびたり、劣化したりする。形あるものは、時の流れとともに、すべてエントロピーが増大する方向へ、つまり崩れゆく方向へ動く。
 生命という秩序も例外ではない。ただし生命体は、ただ風化されるがままになっているのではなく、それに必死に抵抗している。分解と合成を繰り返し、パーツを更新し、溜まりやすいエントロピーをできるだけくみ出す。ミスや損傷が起きればそれを修復して手当をする。
 もしその修復が滞れば? ミスや損傷がたちまちのうちに細胞の中に溜まってしまうことになる。これが早老症なのだ。逆に言えば、私たちはすでに普段、必死にアンチ・エイジングをしているのである。あれこれ必死に防いだ結果、それでもエントロピー増大という名の風化作用に、徐々に負けていくプロセスが老化なのである>。P110

やわらかな生命