福岡伸一『ルリボシカミキリの青』(文春文庫)より

<(前略)一流と呼ばれる人々は、それがどんな分野であれ、例外なくある特殊な時間を共有している。幼少時を起点としてそのことだけに集中し専心したたゆまぬ努力をしている時間。それが少なくとも一万時間ある。一日三時間練習をするとして、一年に一千時間、それを十年にわたってやすまず継続するということである。その極限的な努力の上にプロフェッショナルという形質が獲得される。それをあえて強要する環境が、親から子へ伝わっているのだ> p133

<「死に対する礼節は沈黙である」(高橋たか子)> p165

<だから生物の死を厳密な意味で定義しようとすれば、私たちの身体を構成する六十兆個にも上るすべての細胞がその活動を停止したとき、ということになる> p188

<生命現象はすべて動的平衡にある。動的平衡とは、絶え間なく消長、変化、交換を繰り返しながら、全体としては恒常性を保つ仕組みのことだ> p220

<ルリボシカミキリの青の吸引力は何に由来するのだろう。それをずっと考え続けてきた。そこには秩序があり、秩序が持つ美しさがある。しかし、自然がつくりだす秩序は同一パターンの繰り返しにみえて、その実、二つとして同じものがない。絶えず揺らぎつつ、いずれも一回性の、変異と変奏を含んだ動的な平衡としてそこにある。しかし、平衡は本当の平衡ではない。たえず新しい平衡を求めてさまよう非平衡として動的な平衡はある。それは完全さを求めながらも、その内部に不可避的な不完全性を含んだものとしてある。そんな生命のありようのすべてをルリボシカミキリの青は物語っている。それがかぎりなく美しいと思えるのだ> p243

<古い諺に、「馬を水辺に連れて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」というものがある。私は、いつも自戒の意味を込めてこの言葉を反芻する> p244

ルリボシカミキリの青―福岡ハカセができるまで (文春文庫)         生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)