天野祐吉さんのこと
今朝、仕事の関係で時間がなく、記事を書くことができませんでした。遠出の仕事でしたので、うっちゃるわけにもいかず、あわただしく家を出ました。そして、いま戻ってきて、この記事を書いています。
今日は何といっても、天野さんが亡くなったことが大きな出来事でした。どこかの記事に掲載されていましたが、つい最近のコラムも読んでいたので、なおさら突然過ぎる感じがしました。
朝日新聞は天野さんのコラムを掲載していたので、朝夕刊で記事を掲載していました。また全国の新聞のコラムに目を通すと、天野さんを取り上げているコラムが数多くありました。
例えば、10月22日付岩手日日新聞の「栗駒おろし」では次のように書いていました。
(前略)
日本で広告批評というジャンルを切り開いたコラムニストの天野祐吉さんが20日、80歳の生涯を閉じたという。近年はテレビのワイドショー番組などにたびたび登場。時に鋭く、また時にはユーモアのあるコメンテーターとして幅広く活躍していた。
その功績は、何といっても新聞や雑誌、テレビには欠かせない広告に光を当て、〝文化〟の一つとして引き上げたことだろう。前述の本の中で天野さんは、名作と呼ばれるものは「時代の欲望のコピーであり生活風俗のコピーでもある」と解説した。
加えて、今という時代の空気をどこかで切り取っていないものは、しょせん人々の心に響かないとも…。冷静に日本を批評できる人が、また1人減った。
「冷静に日本を批評できる人が、また1人減った」とはまさに。この一文が心に残りました。