管啓次郎『狼が連れだって走る月』より

 探求者は土地に属さない。安定した共同体に所属しない。逸脱をめざす。没落を恐れない。認識を求める。土地を尊敬する。そして土地へのそんけいをかたちにあたわし、メディアと交通機関の爆発的な発達以降の時代にあって、旅に旅が本来もつ極限的な体験、広大さへの根源的な挑戦としての性格を回復するために、かれらはよく歩く。自分自身の足でどこまでも、ただひとりで。世界をマテリアルに体験するという旅の唯一の目的をはたすための方法がありうるとすれば、それは「よく歩くこと」においてはないと、ぼくは断言してもいい。

管啓次郎『狼が連れだって走る月』p33